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2009'04.16 (Thu)

ポーランド・ビルケナウ・2日目後半

昨日の日記の続きです。

アウシュヴィッツを見学し、再び車で10分の所にある「ビルケナウ収容所」まで移動しました。
第2アウシュビッツ。
面積1.4k㎡ (東京ドーム約37個分) 300棟以上のバラックが並んでいる。

入場無料
駐車場も無料 (狭いため、路駐する場合もあります)
トイレ無料 (死の門の内側脇にあります)
見学時間 約2時間30分 一周すれば3時間ぐらいかかるかも。 

ひたすら歩くので、歩きやすい靴をオススメします。(スニーカーがいいです)
そして、季節に寄りますがホコリっぽいので、うがいをする水を持参した方がいいかと思います。
私はトイレの手洗い場でうがいをしたのですが、した後に・・・
「この水、大丈夫??」と不安になってしまいました(汗

アウシュヴィッツと聞くと「汽車で運ばれる人たちと線路と門」を
思い出す人もいるかも知れません。
2003年の唐沢寿明主演のドラマ「白い巨塔」の中で、唐沢君がアウシュヴィッツを訪れる場面がありました。それは、ここビルケナウのこの風景だったと思います。

ビルケナウ収容所は、1941年10月~1945年にソ連軍によって解放される
4年の間に百数万人の命が奪われたそうです。

アウシュヴィッツでは、博物館としていろいろな展示品や歴史を見ることができましたが、
このビルケナウ収容所は、当時のまま保存されており、また違う思いや感情が沸いて来ました。


094121.jpg
「死の門」へ続く線路
その奥に広がる広大な土地には、多くの人たちが理由も無く命を落としました。
この門をくぐるということは、二度と出ることができない。

094122.jpg
さまざまな国(ドイツ・フランス・オランダ・ベルギーなど)から、荷物のように扱われて
貨物列車に乗せられて来た人々。

何日も、何週間も、何ヶ月もかけて、この強制収容所に運ばれました。
その間、食料・水もろくに与えられず、トイレも「桶1つ置かれた」悪条件な狭い貨車で
ここの着く前に多くの人が亡くなったそうです。

ここに到着し、直ぐに働ける者と働けない者(老人・女性・子供)に分けられて、
働けないと判断されたものは、そのままガス室へ移動しました。

ガス室は、このプラットホーム最奥の脇にありました。

094123.jpg
線路の一番奥から見た死の門。

果てしなく遠く感じる。

それだけ、多くの貨車を引いて来たのだろう。

094124.jpg
今では、こうして子供が線路で遊んでいる。
平和な、穏やかな時間が流れている。

094125.jpg
ナチスドイツが撤退時に爆破・火をつけて証拠隠滅を図ったバラック跡。
一部、戦後復興の為に、木材が使われたそうです。
簡素な暖房用の煙突だけが残っている。

湿地帯に作られたこの強制収容所は、基礎なしで床が無い不衛生な環境の
バラックに収容されていました。

収容人数が増えると共に木造のバラックが建てられ、そこには主に女性が収容されました。
一部の女性には、人体実験も行われていました。
一切食事も水も与えられずに、何日生きていられるかという実験室もありました。
そして、女性だけではなく、双子や精神障害者の遺伝子を調べたり、
民族撲滅研究のために男女の断種実験、新薬投与実験なども行われていました。

昨日のコメントのPochiロドさんのように、「現代の医学の発展につながっている」のも事実。
複雑な気分でした。

094126.jpg
ナチスドイツが証拠隠滅の為に爆破したガス室跡

094127.jpg
シャワー室。

この建物は、労働できると判断された人たちがシャワーを浴び、囚人服に着替える場所でした。

094128.jpg
見取り図

この建物に入ると、まずは荷物を没収され、健康状態などを調べられる。
次に、服を脱がされ、床屋によって髪を切られ、シャワーを浴びる。
このシャワーも、大きな部屋の天井から、冷水だったり、熱湯だったりと
温度管理されていない水が降り注ぎ、それを浴びるだけのもの。
もちろん、石鹸はありません。
タオルも与えられずに、そのまま自然乾燥して、スチームで消毒した囚人服を与えられました。

多くの人たちは、「シャワーを浴びる」と聞いてガス室だと思い
恐怖を感じていたっと書かれてありました。

094129.jpg
野焼きが行われた場所。

ガス室で殺された人々は、焼却所で焼かれましたが、
収容人数が増えると共に、野焼きも行われた。

この林の向こうには、民家がありました。
当時、この林の向こうに住んでいた人が居たかは判りませんが
日常的に多くの人々が殺され、そして焼かれていたと知っていたでしょうか。

0941210.jpg
焼却施設の横にある池。多くの人々が眠る。

ここに多くの人々の遺灰を捨てていたそうです。

キラキラ光る水面を見ると、本当にここで悲惨な虐殺が行われていたのか?と
疑問に思ってしまうほど、穏やかな場所に変っていた。

そして、木々に囲まれたこの空間には、多くの鳥のさえずりも聞こえ、
池の周りには小さな白い花も咲いていました。

当時、この鳥のさえずりを聞けたのだろうか?

0941211.jpg
死の門の上から見たビルケナウ強制収容所。

当時のナチスドイツは、何をしたかったのだろう?

この現場に居合わせたナチスドイツの人々は、何も感じ無かったのだろうか?
きっと感情・理性を犯されてしまったのだろう。

ポチは、「収容所を訪れれば、きっと何かが判るかも」と言っていましたが
更なる疑問が生まれたそうです。

アウシュヴィッツ収容所(博物館)と、ビルケナウ収容所の2箇所だけで
丸1日かかりました。

多くのことを学び、いろんな事を考えた貴重な一日になったと思います。

現在、多くの若者がこの収容所を守るために、ボランティアで草むしりや清掃を
しているそうです。私達が訪れた時も、若者が草取りをしていました。
学校の社会科見学で訪れた学生も多く見られました。

このような「負の遺産」をできれば見たくないことかも知れませんが
もし行く機会がありましたら、是非一度訪れてみてください。

再びクラクフのホテルに戻るために、車で移動。

ホテルに戻る前に寄った場所。

0941212.jpg
映画「シンドラーのリスト」の舞台になった工場。

wikipediaより「シンドラーのリスト」の解説

私は、この映画を見たことがありません。
なので、あまりピンっとこなかったのですが、
ポチは映画を見たことがあるので感動していました。

ここを訪れる前に是非、映画を見てください。

0941213.jpg
現在は、見学できませんが、今年の秋から一般公開するそうです。


1日中歩き、そして、いろんな事を考えた1日。

ホテルに戻り、街中まで行く元気がなかったので、
ホテルのレストランで夕食を済ませました。
が!!コレが意外と美味しい料理でした。

美味しい食事を食べられることに感謝しないと。












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