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2009'04.15 (Wed)

ポーランド・オシフィエンチム・2日目前半

さて、イースター休暇でポーランドの南に位置するクラクフに宿泊し、
翌日、ホテルから車で約1時間離れているオシフィエンチムという街に向かいました。

オシフィエンチムまでの道は、途中有料道路があり片道6.50zt (現金)

※運転するなら!!
 クラクフの街周辺など、オービスが沢山ありました。
 ポーランドの人は、せっかち?なのか??速度制限を守って走っていると
 後ろからあおり追い越します。
 そんなプレッシャーに負けずに、速度制限を守ってください。

オシフィエンチムは、あのアウシュヴィッツ収容所がある街です。

今回の日記は、少々重いテーマです。
そして、難しいテーマでもあります。
読まれた方によって、さまざまな印象や考えを持つことでしょう。

今回、私達が目で見てきたアウシュヴィッツをレポートします。

私はドイツ駐在になり、普通にテレビで放送される「ナチスドイツの映像」や「戦争の歴史」
普通に亡くなった人の遺体が映し出される事に対して抵抗がありました。

日本では、決して遺体は映されない。
なので、現実を突きつけられているような感じがして、
このような内容の番組になると直視できない時もありました。

しかし、過去の過ち「負の遺産」から背けることなく、連日のように放送して、
過去のものにしないようとしている。
また、ドイツ国内にもある収容所も開放され見学できるようになっています。

今回、イースター休暇で楽しバカンスなどを過ごされたと思います。
私達はあえて、ドイツに住んでいるからこそ、見ておかなければならないと思い訪れました。

094111.jpg
ツアーなどの団体など多くの人がインフォメーション前にいました。
英語で会話をしている人、(多分、イギリスやカナダから?)そして、アジア人も多くいました。

日本からも年間7000人ぐらいが訪れているらしいです。
しかし他の国に比べると多いわけではないそうです。

ここ、アウシュヴィッツ収容所は、世界遺産にも登録されております。

入場料は無料。

駐車料金は、7zt (現金のみ)

近くの本屋(インフォメーションの直ぐ隣)には、日本語のガイドブックも売られています。
たしか、4zt。

ヘッドフォンガイダンスもあります。(多分、英語)
また、日本人のガイド「中谷さん」もいらっしゃいます(要予約)が、
今回は、ヘッドフォンガイダンスもガイドも付けずに回りました。

施設に入る前に日本語ガイドブックを購入すれば大体のことが説明されています。
あとは、事前に下調べをしていく事をオススメします。
私達は、ヘナ姉さんに借りた「アウシュヴィッツの日本人ガイド中谷さん著の本」で
事前に勉強していきました。

展示室などを見て、約3時間半かかりました。
ガイドツアーだと、一部の展示室を省かれます。

インフォメーションの建物に入り、左階段下には・・・

094112.jpg
トイレがあります。(有料 1zt)  ナゼかトイレの写真が・・・。
ポチ、きっとブログに載せてもらいたかったのでしょう。

見学コース内にもトイレがありますが、ここで済ませておくと良いでしょう。

さて、インフォメーションの建物を出ると、この門が見えてきます。
094113.jpg
ARBEIT MACHT FRAI」(アルバイト マハト フライ)

ドイツ語で「働けば自由になる」という意味です。

初めは、ポーランド人の政治犯を収容するために作られたのですが、
次第に、ナチスドイツに連れてこられた多くのユダヤ人・ロマ人などが収容され
罪の無い大人や子供が殺されました。

初めは、多くのユダヤ人達は「新しい地でお店や土地がもらえる」と言って
財産やお金を渡し、騙されて汽車でこの収容所に連れて来られたそうです。

この「ARBEIT MACHT FRAI」という看板を見て何を思ったのだろう。

094114.jpg
「ARBEIT」のBが逆さまになっています。

コレは、収容者が作ったそうですが、せめてもの抵抗の証として作られた説があるそうです。

094115.jpg
レンガ作りの建物が立ち並ぶ。

一見、普通の住宅地のようにも見えるが、建物内には・・・
当時映された写真や遺品、そして歴史などが展示されている。

展示室での撮影は禁止されていますが、
さすがに、「禁止」でなくても、撮影する気がおきません。
中には、記念撮影をしている人もいたけど・・・。

遺品の中には、旅行カバンが山積みになっているコーナーがあり、
そのカバンには、名前・住所・生年月日が書かれており、
この人たちが存在した証が残されている。

そして、実験的に作られた「人の髪で作られた布」もあった。
その脇には、ガス室などで殺された人の遺体からそり落とされた髪の山があった。

他にも、めがね・義足・義手・鍋・洋服・子供の服など、犠牲者の遺品が沢山あった。

収容所に連れてこられて、まずは子供・妊婦・女性など
働き手ではない人は登録されることも無く、ガス室に送られる。
そして、残された人は登録され、3ショットの写真を撮影。
その写真の表情は、不安に満ちた希望の無い表情。

この人たちは、全員生きて出れたわけでは無い。

この写真が、人生で最後の写真だっただろう。

家族との思い出の写真でも、笑顔の写真でもない。

悔しかっただろう。

094116.jpg
死のブロックへの入り口。

094117.jpg
この死のブロックで、数千人の人たちが銃殺によって命を落としたそうです。

最後に・・・

094118.jpg
ガス室へ続く入り口。

094119.jpg
ガス室・焼却炉。

何も知らずに「シャワーを浴びるから、服を脱げ」と言われて、このガス室に入ったそうです。

0941110.jpg
今では、見学に訪れる多くの人達がこの収容所を訪れていますが、
当時は、多くの人たちが「人間として扱われること無く命を落としていった」のでしょう。

そして、この写真を見る限りでは、どこかの街の風景に見える。

しかし・・・

0941111.jpg
この壁で囲まれているのを見る限り、収容所で悲惨な事が起きていた事実は変えられません。


<おまけ>
重いテーマを最後まで読んでいただきありがとうございます。

ちょっとこの写真で癒されてください。

0941112.jpg
「ARBEIT MACHT FREI」の門の前にいたネコ。

私達に気付くと・・・

0941113.jpg
ニャ~っと言って、ポーズをとってくれました。

「にゃ~」と言うと、ちゃんと「ニャ~」と返事をするネコ。

人に馴れています。

0941114.jpg
いろんなポーズをしてくれて、癒されました。

そして、私達が立ち去ろうとすると・・・

0941115.jpg

っと、言わんばかりの表情で見られちゃいました(汗)


当時もこんな可愛いネコがいたら、どれだけ癒されたのでしょう・・・。


後半に続く。
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