All archives    Admin

10月≪ 2017年11月 ≫12月

123456789101112131415161718192021222324252627282930

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2010'06.15 (Tue)

5月の思い出(最後の旅行)

写真をやっと整理し終え、帰国する直前に行った旅行の写真を見ていました。
懐かしいなぁ~という思いを抱きながら・・・写真の枚数が少ないことに気づきました(汗)

こんなに写真撮っていなかったんだぁ~と思うほどでした。

5月13日~16日の4日間はキリスト昇天祭の為、連休でした。

ドイツ生活最後にどこか旅行に行きたい!!と、ずーっとごねていた私。

ポルトガルにも行っていない。
イタリアのフィレンツェにもずーっと行きたいって言っているのに行っていない。
南スペインにも行きたかった。

なのにポチは「行けるか判らない」とか「そこは日程的に無理」とかことごとく却下していた。
引越しの準備やら、ドイツを離れるというストレスとかいろいろ重なり・・・
私もストレスMAX状態でした。

やばい・・・と思ったのでしょうか?

「じゃあ、ぽこが一番行きたい所に行こう」と言い出したのです。

私はてっきりスペインだと思っていた。

プラハでした。しかも、12日(前日)の夜に決定してホテルを予約した。

えっ?何故にプラハ?

プラハはもう行ったし・・・と思っていたら

「プラハじゃなくて、もう一つ行きたいところあるでしょう」と。

どこだ?

「ポーランドで何か買いたいんでしょう」と。

プラハってチェコなんですが・・・意味判んないしっと思っていた。

すると「ポーランド食器を買いたいんでしょ。プラハからだったら行ける距離だし」と。

1回で2度お得?な感覚を与える作戦でもあった。

ということで、「プラハ・ポーランド(ボレスワヴィエツ)&おまけでドイツのライプツィヒ」に
行ってきました。おまけは、旅行中に「ライプツィヒに1泊して帰ろう」と急遽決まったので・・・。

デュッセルから車で・・・・8時間だったけかな?(←1ヶ月前でもうウル覚え・・・)

運転に疲れ果てたポチ。助手席に座っていただけなのに疲れた私。
106151.jpg
プラハ城と赤い屋根の町並み。

ヨーロッパだなぁ~と思う風景。ちょっと天気が悪いのが残念でしたが。

そういえば。。。今いる所もなぜか??屋根の瓦が赤茶の家が多い。
ヨーロッパらしくないけど(笑)

106152.jpg
スメタナホール。

あのプロジェクト9を行った思い出の場所。

ちょうどお手軽なコンサート(値段はお手軽とは言えなかったけど・・・)があったので、
翌日(14日)の席のチケットを購入した。
バイオリンとビオラ、チェロ、コントラバスの弦楽とチェンバロのコンサート。

この日は、とりあえず・・・

106153.jpg
ビールを飲み、寝た。

翌日、5月14日(金)
ポーランドのボレスワヴィエツをいう小さな街を目指して車で移動した。
ナビは、「ドイツのドレスデン経由」を指示していた。
プラハからボレスワヴィエツまで下道も通っているようだけど、
下道は速度制限もあるし、アウトバーンを走った方が速いだろうっとポチは判断した。

結果・・・5時間ぐらいかかった。
プラハの街中は工事だらけで渋滞。しかも、アウトバーンも途中工事中で下道を走らされた。

下道と比べてどちらが早いかは微妙だけど・・・。

途中、チェコとドイツの国境沿いで覆面パトカーに止められました
「なっ!なに??何も悪いことしていないし、スピード違反もしていないんだけど。。。」と
思ったら、検問だった。
きっとドイツナンバーに乗った東洋人がチェコから走ってきたから。
何か、悪いことしてねーかぁ~(密売とかね)と車を止めたらしい。
車の中を調べたけど、何も出てこない。
免許書もパスポートも調べたけど、何も出てこない。

はい、残念でした!

と、レアな経験をしつつ、再び車を走らせました(笑)

106154.jpg
目的の場所。

Ceramika Artstycznaというメーカーのショップ。

ドレスデンからのアウトバーンをひたすら走る。ドレスデンからだと2時間ぐらい。
出来たばかりのアウトバーンなので、ナビにも表示されませんが
どんどん真っ直ぐ走っていくと、「Bolestawiec」という表示が出てきて出口があります。
出口を出ると、表示通りにボレスワヴィエツの街に向かうと・・・
このお店が一番初めに見えてきます。

106155.jpg
お店の中には、無造作に積み上げられている食器が。

もう「ここの食器、全部包んでください」と大富豪だったら言ってしまうほど
可愛い食器が並んでいました!

でも、なぜか?小心者の私は、遠慮がちに買ってしまった。
(ポチは、「全然遠慮していなかった」と言うが)

このお店の向かえとか、もっと道を街の中心まで走ると道沿いに何件かのお店があったけど、
やっぱり一番気に入った食器があったのはこのお店だった。

約2時間の滞在だった・・・。夕方のコンサートに間に合わないので慌しい買い物だったなぁ~。

プラハに戻り、スメタナホールでコンサートを聴きました。
ヴィバルディの「四季」 
 春・・・春(You Tube)
など約2時間ぐらいの演奏でした。

さて、翌日の16日(土)の朝。
朝食を食べながら、「今日はドイツに戻る日だね」と言いながら、
「ポーランド食器、やっぱりティーカップも買えばよかったなぁ~」とボソッと言った私。

すると、「いいよ、今日も行っても」となんだか怖いほど優しいポチ。
なにか裏があるんじゃないのか?と思うほど(←かなり失礼)

で、また行きました。急遽。
でも、またポーランドに行くとなると、デュッセルに帰るにはかなりの根性が必要となる。

そんな根性は無い!!と言い切ったポチは、急遽「ライプツィヒ」にホテルをとった。
ネットって便利だわ。

106157.jpg
プラハよ、さようなら~!とほとんど観光もせず、2泊したプラハ。

前日と同じルートを辿り、14時ぐらいにボレスワヴィエツに着いた。
(10時過ぎにプラハを出たわりに早かったかも。)
急げぇーー!と前日、買ったお店に行ったら・・・

「クローズ!」と・・・。(大泣)
(土曜日は、14時まで。日曜日・祝日はお休みです)

何のために来たのかわかんないじゃん!!と言っていたら
そのお店の正面に並ぶショップはまだ開いていたのです♪

106156.jpg
5~7軒ぐらい並ぶ小さなショップでしたが、いろんなメーカーを取り寄せたセレクトショップでした。
目的のティーカップはありませんでしたが・・・

ぽちに「悔いの無いように買いなさい」と言われ、ポチが神々しく輝いていた(笑)

結局、ダンボール2個分ぐらい購入してしまいました・・・。
日本じゃ買えないし(一部、ジュワジュワと浸透してきているらしいけど・・・)
食器洗浄器も使えるし、電子レンジもOKだし、和食器との相性も良い。(柄によるけど)

DUSの駐在の奥様の間では、かなり流行しているポーランド食器なのですが、
「マイセン」とか「デルフト」とか「ロイヤルコペンハーゲン」といった
高級食器に走られるよりは、お手ごろ価格の庶民使いできる食器に走ってもらう方が
旦那達はきっと安心するだろう・・・だよね?!っと、ポチがぼそっとつぶやいておりました(笑)

海外駐在って、旅行に行って、買い物して・・・と
かなり優雅な暮らしをして、「もーぉーー羨ましいったらありゃしない!」と思われてしまいますが、
言葉も通じない、生活習慣も違い、暮らしていくことだけでかなりのストレスがあります。
さらに、自ら「行く!!」という訳ではなく、旦那の仕事に着いていくのでストレス度は違います。
イヤでも行く人も中には居ますよね。。。

決して、楽な生活では無かった。

皆、自分へのご褒美としていろんな買い物をしたり、旅行に行く。
そうしないと、やっていけないから。

今、思うと・・・

何度も「日本に帰りたい」と思った事も。
何度も「悔しい(ドイツ人に対して)」と思った事も。
何度も「泣きたかった」事も。

でも、帰国が決まった瞬間、そんな事はどーでもいいと思った。

もっと居たいっと思った。

もっとドイツを知っておけばよかった。

もっと・・・

ドイツを満喫していたんだ・・・と思った。

そして、ドイツで知り合った人たちと一旦お別れは辛かった。

転勤があるたびに、親しくなった人との別れは辛いけど、
「また帰ることが出来る所」になったのかな?と思うことにしよう!

って、やっぱりドイツって遠いよなぁ~。

スポンサーサイト
12:27  |  旅行記(東欧)  |  EDIT  |  Top↑

2009'04.18 (Sat)

ポーランド・ヴィエリチカ・最終日

最終日の4/13(月)は、イースター・Montagと言い(英語だと、イースター・Mondey)
休日になります。

前日に引き続き、クラクフの市内の主要観光名所は「休館」。

なので!

市内から車で30分ほど離れた「ヴィエリチカ」という岩塩採掘場へ出掛けました。
(レンタカー、大活躍♪)
094141.jpg
世界遺産です。

4/1~10/31 7:30~19:30
11/2~3/31 8:00~17:00

休館日:1/1、イースターの第一日曜日、11/11、12/24、12/25、12/31

入場料(英語ツアー) 1人 64zt
カメラ許可料 1人 10zt  

このカメラ許可料を払い、カメラOKシールを貰い、洋服に貼り付けなければカメラはNG。
中には、ケチってシールを購入しない人や、出てきた人に安く売ってもらおうとする人もいます。

決められたルールなので、後からトラブルにならないためにもちゃんと購入しましょう!

あと、地下を歩くので、歩きやすい靴&1枚羽織れる物があるといいでしょう。

さて、入場チケットを購入し、カメラOKシールを貼り付け準備万端。
入場口は、チケット売り場横にありますが・・・

列に並べないというか・・・我先にというか・・・
ごちゃごちゃしていて、ちょっと不安にもなりますが、
案内に従い、入場口に入り、チケットのバーコードを通すゲートを通ります。

薄暗い通路を過ぎると・・・長い下りの階段があります。

094142.jpg
この階段で、約60~65m下ります。(階段の踊り場の数、54段でした。)

車椅子の方は、別ルートがあるようですが全部の行程を見れる感じじゃありませんでした。
また、小さいお子さん(特にベビーカー必須)が居る方も、交渉or車椅子ルートで見学ができるかも。インフォメーションでお尋ねください。

094143.jpg
この岩塩採石場は、地下64~325mに渡って入り組んだ採石場の一部で、
約2.5Kmが一般公開されているそうです。(地球の歩き方より)

900年の歴史があり、ここには採掘現場の様子、道具、そして、礼拝堂や塩でできたリリーフなどいろんな物が展示されています。

094144.jpg
途中、小人?も登場(笑)
ちなみに、女性のみのサービスっぽいです(笑)


094145.jpg
塩の結晶でできたシャンデリアが飾られた礼拝堂。

壁も床も、ぜーーーーんぶ、塩。

もちろん、触るとちょっとぺトぺトした感じ。
勇気がある人は、舐めてみてください!(私は、勇気がなかったので、やめました。)

094146.jpg
地下に広がる大きな池。(塩水です)

ここでは、光と音楽の演出がありました♪

ガイドさんによる一つ一つの空間についての説明を聞き(英語なので、ほとんど聞いていませんでしたが、ポチがちょこっと通訳してくれた)、約1時間30分~2時間のツアーでした。

途中、トイレ休憩などもあります。

094147.jpg
地下のcafe&お土産売り場。

ここから、自由行動になり、更に奥には簡単な食事ができるレストランがあります。


094148.jpg
地上に上がるには、このエレベーターを利用。
さすがに、ずーっと階段で下って、地下深く降りてきた最終地点から(多分120m付近)
階段を使って上がってくれ!って言われたらどうしよう~~っと不安になりましたが、ちゃんとエレベーターがありました。ほっ

このエレベーターを上がると、お土産コーナーにでます。

私達は、ここで「岩塩」を購入♪もちろん、食べることができる塩です。

ちなみに、約540g入って 9zt (約300円)です。

お昼になり、再び、クラクフの中心地まで戻りました。

094149.jpg
クラクフの中央市場広場にある、織物会館の下のお土産屋さん。

織物会館は、改装中の為クローズ中。

イースター(日曜日)は、このお土産屋さんも全部閉まっていましたが、
月曜日は、一部開店していました。

0941410.jpg
そして、腹ごなしに・・・鶏肉と豚肉の香辛料たっぷりかかったグリル。
名前が判りません。

見たまんま、脂っこいです

帰りの飛行機が、クラクフ17:25なので時間に余裕がありました。
街中のお店はほとんど開いていないため、早めに空港に向かい、
レンタカーの返却をして、ビールでも飲んでゆっくりしよう!!っということに。

0941411.jpg
クラクフ、国内線ターミナルのチェックインカウンター。

どこかの工場?って感じで、しゃれっ気も華やかさも無い。

0941412.jpg
青い看板のブースの左側は、手荷物チェックカウンター。

手荷物チェックは、かなり厳しく行っております。
しかも、軍隊っぽい制服のゴツイ体形の人が待ち受けております(汗)

ちなみに、この青の看板のブースの脇に、キャッシュディスペンサーがあります。
クレジットカードで引き落とす場合、ここで下ろすと便利です。

っと、こんな殺風景な国内線ターミナルに居てもねぇ~っということで、
10分歩いて、お隣の国際線ターミナルでビールを飲むことに。

搭乗時間の20分前に、国内線ターミナルへ移動。

0941413.jpg
手荷物チェックが終わり、搭乗ゲートの待合場。

何もありません!トイレのみです。

なので、早めに入ってしまうと暇をもてあましちゃいますので、注意してください。

時間になり、もちろんバスで飛行機まで移動。

0941414.jpg
こんなプロペラ機に乗りました。

手荷物も大きいものは、棚に入らないので、預けにした方がいいでしょう。

無事、22時に帰宅。


4日間のポーランド、クラクフ・アウシュヴィッツ・ビルケナウ・そして、ヴィエリチカの旅。
充実した旅になりました。




00:42  |  旅行記(東欧)  |  EDIT  |  Top↑

2009'04.17 (Fri)

ポーランド・クラクフ&おまけ・3日目

前日の収容所見学でかなり精神的にまいってしまった私。

夜、寝るときに目を閉じると、あの風景が浮かんできてしまう。
朝、「はぁ~寝れなかったよ」と言うと・・・
ポチに「しっかり寝てたよ」と言われてしまった

さて、4/12(日)はイースター。

イースターはキリストの復活を祝う祝日。
なので、どの観光スポットもお休み

ポチは、「シナゴークとかレストランぐらいやっているでしょう~」っと言っていた。

※シナゴークは、ユダヤ教会のこと。イースターはキリスト教のお休みなので
 関係ないからやっているとの事。

さて、ホテルから車で市内に向かう。

ヴァヴェル城近くの市営駐車場を利用。18zt (2時間30分利用)

094131.jpg
ヴァヴェル城ヴィスワ川

ヴァヴェル城、もちろん!休館(泣)

曇り空で、前日と違って・・寒い。外気温10℃でした。

ヴァヴェル城を見たポチ

「あそこにバビル2世が住んでいるんだぁ~」っと

「えっ~!バベルの塔じゃない?それって!」と突っ込む私。

って、バベルの塔が出てきてしまう私もどうかと。
ちなみに、「バビル2世」と「デビルマン」がごっちゃになる私

094132.jpg
竜の洞窟 の 竜が火を噴いた瞬間

同じく!休館(泣)

ポチが「絶対にやっている!!」と自信を持っていったカジミエーシュ地区(ユダヤ地区)。

094133.jpg
スタラ・シナゴーク(ユダヤ博物館)

休館

えーーー!!ガイドブックには「無休」って書いてあるじゃん!
キリスト教のお休みなんだから関係ないじゃん!
っと、言っても仕方がない。

多くの観光客が、イースター休館難民と化していた。

094134.jpg
カジミエーシュ地区の建物。

気を取り直して、中心部へ歩き始めた。

094135.jpg
聖ペテロ聖パウロ教会

ちょうどミサをやっていない時間だったので、中を見学しました。

094136.jpg
落ち着いた雰囲気の教会。

094137.jpg
パイプオルガンの装飾は、金の天使が楽器を持っていて可愛らしい感じだった。

中央市場広場で行われていた「イースターマルクト」は
イースター本番でもやっているのか?っと疑問があったので、
覗きに行って見ました。

094138.jpg
お~!やっていた♪
でも、一番の目的の「ポーランド食器のお店」だけ閉店

そして、小腹が空いたので・・・このお店(↑)で買ったもの。

094139.jpg
ザコネバ(ポーランドの南の山岳地)の名物のスモークチーズ「ゴルカ(golka)」

炭火で焼いたアツアツのチーズ。
柔らかくなるまで焼いたものはバツフカ(Bacówka、「羊飼いの小屋」の意味)と言うらしい。

感想・・・しょっぱい!! 美味しいけど、ちょっとしょっぱいのでビールが飲みたくなります。
でも、ポチは運転なのでビールはガマン。

再び、ヴァヴェル城へ向かい・・・

晴れ間も出てきて、暖かくなってきた

0941310.jpg
ヴァヴェル城の前を走るカボチャの馬車。

休館だというのに、多くの人が集まっていた。

もっ!もしかして!!やっている??

っと淡い期待をしつつ、城内へ。

0941311.jpg
ご主人を待つワンコ。

ワンコは立ち入り禁止です。

0941312.jpg
大人しく待っているね。

0941313.jpg
ヴァヴェル城内の大聖堂前

イースターのミサに来ている多くの市民と観光客。

さすがに、キリスト教でもない私達が、観光目的で入ることは・・・できない。

さて、どうしたものか?
まだお昼だし、この分だと1日持て余しちゃうよ。
マルクトでも、駐在員らしき日本人家族が徘徊していたし。
きっと私達と一緒で、休館難民に違いない!と思いつつ、ウロウロしていたら

ポチが「ちょっと行きたいところがあるんだよね」っと。

いいよ~!

レンタカーがある強み。行動範囲が広がる。

っと行った先は・・・

0941314.jpg
アウシュヴィッツ第3強制収容所モノビッツ

1942年~1944年の3年間、ドイツのイーゲー・ファルベン社・クルップ社・シーメンス社という大企業の製造プラントなど、大小あわせて40ほどの強制労働を目的とした収容施設跡。

アウシュヴィッツビルケナウ強制収容所の近くにある。
本当は、前日にここも寄る予定だったらしい。
でも、ナビの動きがイマイチ悪かったので、諦めていたらしいのです、ポチが。

0941315.jpg
ついでに、ビルケナウ強制収容所にある元SS本部の建物も見に行きました。

今は、教会となっていました。

0941316.jpg
ビルケナウの広大な土地は、今では地元の人の散歩コースにもなっているようです。
日が差した午後は、犬の散歩をしている人が見られました。

さて、ポチの目的も果たし、再びクラクフの街へ移動。

ホテルに車を置き、ホテルの17時発のシャトルタクシーを頼み、
街中へ。

0941317.jpg
聖アン教会

クラクフの中心を取り囲むようにある緑地帯・・・公園になっている。
イースター休暇をゆっくり過ごす地元の人たちも多く見られ、
時間がゆっくり過ぎていった。

0941318.jpg
公園でハトに餌をあげるハトおばさん。

そういえば、ハトが異常に多く感じたクラクフ。

私たちもお腹が空いたので、レストランへ!
っと思い、行きたかったポーランド料理のお店・・・が!!

休み??

ガイドブックには、12:00~22:00で無休になっていた。
入り口の脇の調理場?からは人の話す声などが聞こえたから
やっているだろうと思ったのに!!!
18:00過ぎても開く気配なし

諦めて、違うお店を探しましたが、第2候補も第3候補もお休み。

イースターで、レストランもお休みのところが多い。

仕方なく、グルジア料理店へ。食べたことないし!っと思い入ったのですが、
ファストフード系のお店で・・・ちょっとイメージが違った

料理は、豚ロースのステーキにチーズが乗っているものを注文。
ポテトフライたっぷりで・・・(汗)
(写真撮り忘れ・・・)

まあ、赤ワインが美味しかったので良しとしよう!!















01:59  |  旅行記(東欧)  |  EDIT  |  Top↑

2009'04.16 (Thu)

ポーランド・ビルケナウ・2日目後半

昨日の日記の続きです。

アウシュヴィッツを見学し、再び車で10分の所にある「ビルケナウ収容所」まで移動しました。
第2アウシュビッツ。
面積1.4k㎡ (東京ドーム約37個分) 300棟以上のバラックが並んでいる。

入場無料
駐車場も無料 (狭いため、路駐する場合もあります)
トイレ無料 (死の門の内側脇にあります)
見学時間 約2時間30分 一周すれば3時間ぐらいかかるかも。 

ひたすら歩くので、歩きやすい靴をオススメします。(スニーカーがいいです)
そして、季節に寄りますがホコリっぽいので、うがいをする水を持参した方がいいかと思います。
私はトイレの手洗い場でうがいをしたのですが、した後に・・・
「この水、大丈夫??」と不安になってしまいました(汗

アウシュヴィッツと聞くと「汽車で運ばれる人たちと線路と門」を
思い出す人もいるかも知れません。
2003年の唐沢寿明主演のドラマ「白い巨塔」の中で、唐沢君がアウシュヴィッツを訪れる場面がありました。それは、ここビルケナウのこの風景だったと思います。

ビルケナウ収容所は、1941年10月~1945年にソ連軍によって解放される
4年の間に百数万人の命が奪われたそうです。

アウシュヴィッツでは、博物館としていろいろな展示品や歴史を見ることができましたが、
このビルケナウ収容所は、当時のまま保存されており、また違う思いや感情が沸いて来ました。


094121.jpg
「死の門」へ続く線路
その奥に広がる広大な土地には、多くの人たちが理由も無く命を落としました。
この門をくぐるということは、二度と出ることができない。

094122.jpg
さまざまな国(ドイツ・フランス・オランダ・ベルギーなど)から、荷物のように扱われて
貨物列車に乗せられて来た人々。

何日も、何週間も、何ヶ月もかけて、この強制収容所に運ばれました。
その間、食料・水もろくに与えられず、トイレも「桶1つ置かれた」悪条件な狭い貨車で
ここの着く前に多くの人が亡くなったそうです。

ここに到着し、直ぐに働ける者と働けない者(老人・女性・子供)に分けられて、
働けないと判断されたものは、そのままガス室へ移動しました。

ガス室は、このプラットホーム最奥の脇にありました。

094123.jpg
線路の一番奥から見た死の門。

果てしなく遠く感じる。

それだけ、多くの貨車を引いて来たのだろう。

094124.jpg
今では、こうして子供が線路で遊んでいる。
平和な、穏やかな時間が流れている。

094125.jpg
ナチスドイツが撤退時に爆破・火をつけて証拠隠滅を図ったバラック跡。
一部、戦後復興の為に、木材が使われたそうです。
簡素な暖房用の煙突だけが残っている。

湿地帯に作られたこの強制収容所は、基礎なしで床が無い不衛生な環境の
バラックに収容されていました。

収容人数が増えると共に木造のバラックが建てられ、そこには主に女性が収容されました。
一部の女性には、人体実験も行われていました。
一切食事も水も与えられずに、何日生きていられるかという実験室もありました。
そして、女性だけではなく、双子や精神障害者の遺伝子を調べたり、
民族撲滅研究のために男女の断種実験、新薬投与実験なども行われていました。

昨日のコメントのPochiロドさんのように、「現代の医学の発展につながっている」のも事実。
複雑な気分でした。

094126.jpg
ナチスドイツが証拠隠滅の為に爆破したガス室跡

094127.jpg
シャワー室。

この建物は、労働できると判断された人たちがシャワーを浴び、囚人服に着替える場所でした。

094128.jpg
見取り図

この建物に入ると、まずは荷物を没収され、健康状態などを調べられる。
次に、服を脱がされ、床屋によって髪を切られ、シャワーを浴びる。
このシャワーも、大きな部屋の天井から、冷水だったり、熱湯だったりと
温度管理されていない水が降り注ぎ、それを浴びるだけのもの。
もちろん、石鹸はありません。
タオルも与えられずに、そのまま自然乾燥して、スチームで消毒した囚人服を与えられました。

多くの人たちは、「シャワーを浴びる」と聞いてガス室だと思い
恐怖を感じていたっと書かれてありました。

094129.jpg
野焼きが行われた場所。

ガス室で殺された人々は、焼却所で焼かれましたが、
収容人数が増えると共に、野焼きも行われた。

この林の向こうには、民家がありました。
当時、この林の向こうに住んでいた人が居たかは判りませんが
日常的に多くの人々が殺され、そして焼かれていたと知っていたでしょうか。

0941210.jpg
焼却施設の横にある池。多くの人々が眠る。

ここに多くの人々の遺灰を捨てていたそうです。

キラキラ光る水面を見ると、本当にここで悲惨な虐殺が行われていたのか?と
疑問に思ってしまうほど、穏やかな場所に変っていた。

そして、木々に囲まれたこの空間には、多くの鳥のさえずりも聞こえ、
池の周りには小さな白い花も咲いていました。

当時、この鳥のさえずりを聞けたのだろうか?

0941211.jpg
死の門の上から見たビルケナウ強制収容所。

当時のナチスドイツは、何をしたかったのだろう?

この現場に居合わせたナチスドイツの人々は、何も感じ無かったのだろうか?
きっと感情・理性を犯されてしまったのだろう。

ポチは、「収容所を訪れれば、きっと何かが判るかも」と言っていましたが
更なる疑問が生まれたそうです。

アウシュヴィッツ収容所(博物館)と、ビルケナウ収容所の2箇所だけで
丸1日かかりました。

多くのことを学び、いろんな事を考えた貴重な一日になったと思います。

現在、多くの若者がこの収容所を守るために、ボランティアで草むしりや清掃を
しているそうです。私達が訪れた時も、若者が草取りをしていました。
学校の社会科見学で訪れた学生も多く見られました。

このような「負の遺産」をできれば見たくないことかも知れませんが
もし行く機会がありましたら、是非一度訪れてみてください。

再びクラクフのホテルに戻るために、車で移動。

ホテルに戻る前に寄った場所。

0941212.jpg
映画「シンドラーのリスト」の舞台になった工場。

wikipediaより「シンドラーのリスト」の解説

私は、この映画を見たことがありません。
なので、あまりピンっとこなかったのですが、
ポチは映画を見たことがあるので感動していました。

ここを訪れる前に是非、映画を見てください。

0941213.jpg
現在は、見学できませんが、今年の秋から一般公開するそうです。


1日中歩き、そして、いろんな事を考えた1日。

ホテルに戻り、街中まで行く元気がなかったので、
ホテルのレストランで夕食を済ませました。
が!!コレが意外と美味しい料理でした。

美味しい食事を食べられることに感謝しないと。












03:41  |  旅行記(東欧)  |  EDIT  |  Top↑

2009'04.15 (Wed)

ポーランド・オシフィエンチム・2日目前半

さて、イースター休暇でポーランドの南に位置するクラクフに宿泊し、
翌日、ホテルから車で約1時間離れているオシフィエンチムという街に向かいました。

オシフィエンチムまでの道は、途中有料道路があり片道6.50zt (現金)

※運転するなら!!
 クラクフの街周辺など、オービスが沢山ありました。
 ポーランドの人は、せっかち?なのか??速度制限を守って走っていると
 後ろからあおり追い越します。
 そんなプレッシャーに負けずに、速度制限を守ってください。

オシフィエンチムは、あのアウシュヴィッツ収容所がある街です。

今回の日記は、少々重いテーマです。
そして、難しいテーマでもあります。
読まれた方によって、さまざまな印象や考えを持つことでしょう。

今回、私達が目で見てきたアウシュヴィッツをレポートします。

私はドイツ駐在になり、普通にテレビで放送される「ナチスドイツの映像」や「戦争の歴史」
普通に亡くなった人の遺体が映し出される事に対して抵抗がありました。

日本では、決して遺体は映されない。
なので、現実を突きつけられているような感じがして、
このような内容の番組になると直視できない時もありました。

しかし、過去の過ち「負の遺産」から背けることなく、連日のように放送して、
過去のものにしないようとしている。
また、ドイツ国内にもある収容所も開放され見学できるようになっています。

今回、イースター休暇で楽しバカンスなどを過ごされたと思います。
私達はあえて、ドイツに住んでいるからこそ、見ておかなければならないと思い訪れました。

094111.jpg
ツアーなどの団体など多くの人がインフォメーション前にいました。
英語で会話をしている人、(多分、イギリスやカナダから?)そして、アジア人も多くいました。

日本からも年間7000人ぐらいが訪れているらしいです。
しかし他の国に比べると多いわけではないそうです。

ここ、アウシュヴィッツ収容所は、世界遺産にも登録されております。

入場料は無料。

駐車料金は、7zt (現金のみ)

近くの本屋(インフォメーションの直ぐ隣)には、日本語のガイドブックも売られています。
たしか、4zt。

ヘッドフォンガイダンスもあります。(多分、英語)
また、日本人のガイド「中谷さん」もいらっしゃいます(要予約)が、
今回は、ヘッドフォンガイダンスもガイドも付けずに回りました。

施設に入る前に日本語ガイドブックを購入すれば大体のことが説明されています。
あとは、事前に下調べをしていく事をオススメします。
私達は、ヘナ姉さんに借りた「アウシュヴィッツの日本人ガイド中谷さん著の本」で
事前に勉強していきました。

展示室などを見て、約3時間半かかりました。
ガイドツアーだと、一部の展示室を省かれます。

インフォメーションの建物に入り、左階段下には・・・

094112.jpg
トイレがあります。(有料 1zt)  ナゼかトイレの写真が・・・。
ポチ、きっとブログに載せてもらいたかったのでしょう。

見学コース内にもトイレがありますが、ここで済ませておくと良いでしょう。

さて、インフォメーションの建物を出ると、この門が見えてきます。
094113.jpg
ARBEIT MACHT FRAI」(アルバイト マハト フライ)

ドイツ語で「働けば自由になる」という意味です。

初めは、ポーランド人の政治犯を収容するために作られたのですが、
次第に、ナチスドイツに連れてこられた多くのユダヤ人・ロマ人などが収容され
罪の無い大人や子供が殺されました。

初めは、多くのユダヤ人達は「新しい地でお店や土地がもらえる」と言って
財産やお金を渡し、騙されて汽車でこの収容所に連れて来られたそうです。

この「ARBEIT MACHT FRAI」という看板を見て何を思ったのだろう。

094114.jpg
「ARBEIT」のBが逆さまになっています。

コレは、収容者が作ったそうですが、せめてもの抵抗の証として作られた説があるそうです。

094115.jpg
レンガ作りの建物が立ち並ぶ。

一見、普通の住宅地のようにも見えるが、建物内には・・・
当時映された写真や遺品、そして歴史などが展示されている。

展示室での撮影は禁止されていますが、
さすがに、「禁止」でなくても、撮影する気がおきません。
中には、記念撮影をしている人もいたけど・・・。

遺品の中には、旅行カバンが山積みになっているコーナーがあり、
そのカバンには、名前・住所・生年月日が書かれており、
この人たちが存在した証が残されている。

そして、実験的に作られた「人の髪で作られた布」もあった。
その脇には、ガス室などで殺された人の遺体からそり落とされた髪の山があった。

他にも、めがね・義足・義手・鍋・洋服・子供の服など、犠牲者の遺品が沢山あった。

収容所に連れてこられて、まずは子供・妊婦・女性など
働き手ではない人は登録されることも無く、ガス室に送られる。
そして、残された人は登録され、3ショットの写真を撮影。
その写真の表情は、不安に満ちた希望の無い表情。

この人たちは、全員生きて出れたわけでは無い。

この写真が、人生で最後の写真だっただろう。

家族との思い出の写真でも、笑顔の写真でもない。

悔しかっただろう。

094116.jpg
死のブロックへの入り口。

094117.jpg
この死のブロックで、数千人の人たちが銃殺によって命を落としたそうです。

最後に・・・

094118.jpg
ガス室へ続く入り口。

094119.jpg
ガス室・焼却炉。

何も知らずに「シャワーを浴びるから、服を脱げ」と言われて、このガス室に入ったそうです。

0941110.jpg
今では、見学に訪れる多くの人達がこの収容所を訪れていますが、
当時は、多くの人たちが「人間として扱われること無く命を落としていった」のでしょう。

そして、この写真を見る限りでは、どこかの街の風景に見える。

しかし・・・

0941111.jpg
この壁で囲まれているのを見る限り、収容所で悲惨な事が起きていた事実は変えられません。


<おまけ>
重いテーマを最後まで読んでいただきありがとうございます。

ちょっとこの写真で癒されてください。

0941112.jpg
「ARBEIT MACHT FREI」の門の前にいたネコ。

私達に気付くと・・・

0941113.jpg
ニャ~っと言って、ポーズをとってくれました。

「にゃ~」と言うと、ちゃんと「ニャ~」と返事をするネコ。

人に馴れています。

0941114.jpg
いろんなポーズをしてくれて、癒されました。

そして、私達が立ち去ろうとすると・・・

0941115.jpg

っと、言わんばかりの表情で見られちゃいました(汗)


当時もこんな可愛いネコがいたら、どれだけ癒されたのでしょう・・・。


後半に続く。
16:31  |  旅行記(東欧)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |  NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。